
日本とトルコの深い絆
トルコって、親日国と聞いたことがあります。でも、どうしてなのかは全く知りませんでした。
大地震による被災に苦しんでいるトルコのために、少しでもお役に立ちたいなと思っていた2月17日の新聞記事に「時を超えた絆 強く」という見出しの記事を見つけました。
話は、明治23年(1890年:今から133年前)9月まで遡ります。
和歌山県串本町沖でトルコの軍艦エルトゥールル号(写真)が日本への訪問の帰路、台風のために船甲羅岩礁に激突した後、爆発事故を起こし、オスマン少将以下587名が殉職、わずか69名だけが生き残るという大海難事故が起きたのです。
この大事故に際し、地元の大島島民は総出で不眠不休の救護活動に全力であたったため、69名の方は翌月の5日、日本海軍の比叡、金剛の2隻の軍艦でトルコに向けて出航することが出来たのです。
翌明治24年1月2日にイスタンブールに入港。トルコ国民から絶大なる感謝で迎えられたそうです。
それから95年。イランとイラクが戦争をしていた1985年の3月17日、当時のイラク大統領サダム・フセインは今から48時間後、イラン上空を飛ぶ飛行機は無差別攻撃をすると発表。
イランの首都テヘランには215人の日本人がいて、脱出を模索したものの手段が見つからず途方に暮れていたところ、トルコの救援機が2機到着。タイムリミットの1時間前に全員がイランを脱出できたそうです。
なぜ、トルコが救いの手を差し伸べてくれたのか?トルコの人々は海難事故から100年近く経ったのに、和歌山の人たちの救助を覚えていてくれて、恩返しをしてくれたのです。
話を17日「時を超えた絆 強く」の記事に戻します。
この記事は、トルコの被災地に日本の国際緊急救助隊として派遣されていた、「海猿」と呼ばれる海上保安庁の隊員への産経新聞によるインタビュー記事だったのですが、「現地では日本語で『ありがとう!』と言われて、力をもらった」と述べていました。
当協会でも、多くのスタッフが賛同してくれた善意の7万9千円を、トルコ大使館経由で、わずかですが支援金として寄付させていただきました。
お亡くなりになったたくさんの方々のご冥福をお祈りいたします。